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8月21日:訪問看護、今日は2名

訪問看護、今日は2名。ストマ交換。
明日は、訪問診療だそう。

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9月22日:永眠しました(姉代筆)

こちらのブログ主の姉です。 弟は9月22日3:50 に母に見守られて永眠しました。 弟の遺品の中に9月21日まで描かれた絵日記を見つけたので、落ち着いたらアップします。 また、弟は、ガンになった時に得られる公的援助や入院中の便利グッズについてもまとめていたので、紹介したいと思います。 これからも、弟のブログは姉の代筆によってしばらく続きますので、どうぞお付き合いください。 ========= 弟の最期の時に、一緒にいたのは母だけでした。 もう一人の弟、妹、私は間に合いませんでしたが、病院スタッフのおかげで、疼痛コントロールなどもうまくなされ、穏やかな最期だったと、母から聞きました。 その他 弟は、臓器ドナーとして登録したあったのですが、ガン播種転移があったため、私の母校への献体に切り替えていることも知りました。 献体登録してあったため、ドライアイスが使えず、葬儀を早めたので、私は通夜にも葬儀にも間に合うことができなかったけれど、もう一人の弟や妹から通夜や葬儀の様子を聞くことができました。弟は、臓器ドナーとして登録したあったのですが、ガン播種転移があったため、私の母校への献体に切り替えていることも知りました。 献体登録してあったため、ドライアイスが使えず、葬儀を早めたので、私は通夜にも葬儀にも間に合うことができなかったけれど、もう一人の弟や妹から通夜や葬儀の様子を聞くことができました。 弟は医科大学に献体登録してあったため、ドライアイスが使えず、葬儀を早めたので、カナダに住んでいる私は通夜にも葬儀にも間に合うことができませんでしたが、もう一人の弟や妹から通夜や葬儀の様子を聞くことができました。 家族葬のつもりで、椅子を数脚しか用意していなかったら、弟の学生の時の友人やブラスバンド関係の友人がたくさん来てくださり、大慌てしたこと。 絵日記にはあまり熱心なカトリック信者ではないと書いてあったけれど、ガンと付き合っている間も体調がいい時には教会に行って、ミサの時には聖書の朗読などをしていたこと。 葬儀会社の人がお化粧上手で、「誰!?」と思うくらいイケメンに仕上がっていたこと。(姉の欲目ですが、弟は客観的にかなり整っている顔をしていたと思います)。 また、遺品の中からは、誰かに読まれることを意識して書いたと思われる手帳や

8月3日:オブジーポ3回目

オブジーポ3回目。特に問題なし。 オプジーボは新しいタイプの薬で、抗がん剤っていうのとはちょっと違うそう。 本来は、T細胞という細胞が、ガンをやっつけてくれるんだけど、ガンはT細胞ががん細胞を認知する部分にフタをしてT細胞が働けなくしてしまうらしい。 で、オプジーボはこのフタを外して、細胞の免疫力を回復させがん細胞への攻撃を助けるらしい。 話を効いても、効くんかいな〜? と、半信半疑だったが、なんとなく効いてる気がするんだよね。 イワシの頭も信心から、とは言うけど、効いてくれていると本当に嬉しい。 次に腸管が詰まったら、もう二度と食べることはできないと説明を受けているので、食事はできるだけ長いこと楽しみたい。

9月16日:アパートの引き払い

書くのを忘れていたけれど、9月上旬に兄の手配で、十数年住んでいたアパートを引き払いました。 何年も住んでいたことと、モノが捨てられないたちなので、モノがあふれていたと兄にびっくりされてしまいました。 すっきり綺麗になったアパートの写真を見せてもらって、こんなんだったかな、と、思い出せないくらい、綺麗になっていました。 アパートの大家さんはとても良い方で、ご挨拶できないままアパートを引き払うことになったのが、残念です。